その起源、まさに透明

現代社会、特に先進国においてこれほど身近にあるもので、その存在を疑ったことも無ければあることが当たり前となっているものはたくさんあります。家族や家、お金に服など数えて行ったらキリがないでしょう。もちろん全ての人に該当するといったモノではないかもしれませんが、今回はそういった話ではないのであくまで一般論として考えられる例えを紹介してみました。さて、そんな生活の中で誰かが一度でもその歴史などに興味を示すと思いますが、筆者はそういえばとこれまでのことを思い返してみると、今まで大して疑問に思うことなく享受していたものがあります、それはガラスです。ガラスというものはそれこそ昭和後期から平成期に生まれている人であればあるほど日常において頻繁に目にするものでしょう。自宅や学校、更に各企業などの商業施設に使用されているガラス窓はもちろん、日用生活品として使用するガラスコップを始めとした食器類などなど、数えだしたらそれこそキリがないかもしれません。種類はある程度ことなっていますが、テレビの液晶に用いられているのもガラスが使用されています。こうしてあげてみるとガラスを使用している商品は日本という国はもちろんのこと、世界単位で使用していることが当たり前になっていると考えていいでしょう、突き詰めるとそれこそガラスがあるのは当然、そんな風に思ってしまうのも無理はないかもしれません。

ではここで少しガラスの歴史について話をしていこうと思いますが、その起源となる原点は実のところ今日までの最新鋭の研究でさえ、具体的にいつからガラスというものが作られているのかははっきりとしていないのです。先進的な技術力を誇るアメリカなどの力を駆使しても、そうだというのですからガラスに隠された歴史の幕はまだ上っていないのかもしれません。もしかしたら強引にこじ開けて、隙間営業的な具合に技術が進化しているのかもしれません。

あまりはっきりと分かっていないというのもあれなので推測を紹介しておきましょう。世界単位で、初めてガラスが作られたと考えられているのは今から約4,500年前のこと、西ヨーロッパにある古代オリエント地方で生み出されたと考えられています。これはあくまで一つの説です、最近の研究ではやはりこの地域ではなく、別の地域が有力ではないだろうかと言われています、それがエジプトです。

エジプトのガラスというと、メソポタミア・シリアの地から伝わってきたと考える説もありますが、何よりそうした説を裏付ける決定的な証拠として、この地域では古代からガラス製造などが進歩していたと考えられているからです。それはこの地から出土しているガラス細工などからも考えられています。

ガラス製法の進化も

エジプト・シリアという地からガラスが誕生したと考えられているのは、この地がガラス工業地帯であったということが判明しているからという事実があるからですが、更にその説を強める史実として語られているのが、ガラス製法の技術に関することです。

この話は紀元前1世紀頃にまで話は遡ります。この時代からすでに日本でもガラス工芸品などを生成する時に使用されている技術『吹きグラス』の技法が開発されていたことが確認されているのです。いまだにこの技術が製法として利用しているところは多いと思います。ですが知らなかった人からすれば、そんな吹きグラスの技術が古代のエジプト・シリアから誕生していたものだという事実には驚かされます。この製法は取り扱いなどに気をつければガラス製の食器などを生成することが簡単となり、貴族などの上流階級だけではなく貧しい人々にもガラス製のコップなどを購入することが出来るようになったのです。

この製法がエジプト各地はもちろん、更に製造法は西ヨーロッパへと広がっていくと、やがて世界各地に広がっていくことになります。

日本に伝来したガラスの歴史について

ここまでの話をしていれば分かると思いますが、当然ガラスは日本発の工芸品として利用するために生み出されたモノではない事は理解できると思います。ですが日本のガラス工芸の歴史となるものはいつから始まったのでしょうか。そんな日本に焦点を絞って話をして行くガラスについて話をしていこうと思います。まずは日本においてガラスが初めて確認されるようになった時代とはいつなのか、というのをご存知の方はいるでしょうか。日本にガラスが流入してきたのは弥生時代頃となる時期にあったと考えられています。

その代物が日本で生み出されたものなのかどうか、という点については重要かもしれませんが中々確実に生まれたに違いないと、そんなことが本当に言えると考えている人が何人いるでしょうか。確かにガラスそのものを成形する事は可能だったかもしれません、実際に弥生時代には勾玉を始めとしたガラス製の装飾品がこの時代には数多く見られています。実際にガラスそのものを生成していたかどうか、という話になると疑問符を立てる事になってしまいますが、この時代にはガラス炉跡と思われるものが発見されているというのです。

ガラスの生成こそ技術的な面で難易度が高いため可能性は低いですが、素材として手に入れたガラスを成形・加工する技術などについてはこの頃から行なわれていたという可能性についてはまだありえるかもしれないと、そう考えられているのです。それからも国内だけではなく、中国を始めとした国外から輸入していたと思われるガラス細工が見られている辺り、日本も古代期の頃からガラス細工は存在していたと考えてられる。

ここからガラス文化はその歴史をはなやかなものとして行くのだろうか、と考えられていましたが実をいうとこの後に続くことになる各時代区分において、ガラス細工の歴史は奇妙な流れを汲むことになるのです。どういう意味か、その分岐となる時代までを軽く紹介していこう。

隆盛、そして突然の消失

ガラス工芸は現代日本で盛んに行なわれている、今やあらゆる市場において欠かすことの出来ない素材として扱われていますが、そんな日本のガラス歴史を紐解いていくと、何故、どうしてと思うような事実が浮かび上がってくるのです。それはかつて日本において隆盛を極めたガラス細工の流れを追ってみれば分かります。

飛鳥・奈良時代の場合
弥生時代にはあったガラスを用いた工芸品が多く見られるようになっていましたが、それから4世紀前後の時間経た飛鳥・奈良時代においてはそのガラス工芸は隆盛を極めていました。上流階級社会に使用されるようになると、その数は年を重ねる毎に増えていくようになります。中国を始めとする他国からの輸入品としてはもちろん、日本から誕生したガラス工芸品などの純国産となる物が生まれるなど、その歴史はまさに当時としては極みの一端であった事は確実だろう。日本で大量のガラス玉が実際に作られていた時代でもあった事もあって、まさに文化的にこれからというときでした。
その後の平安時代から室町時代中期まで
このまま更なる技術などが登場するだろうと考えていたと、そう見るのは自然でしょう。ですがここから先は奇妙な現象が起きているのです、なんと奈良のその後となる平安時代から室町時代中期までにおいて、ガラス工芸に関する情報がまるで霧にかすむように歴史の闇へと消えていくのです。平安時代の文学作品においてはガラス工芸は登場しているのでその名残はまだありますが、その後となる鎌倉時代から室町時代中期にかけては使われていたのか、利用している人がいるのか、そもそも生成されていたのかといった詳細な情報がまるで空を掴むかのごとくかっ消えてしまったのです。この時代はガラスという歴史において『空白の時代』とも言われており、まさしく特徴となっている『無色透明の、何もない時代』と称されるほどにこの期間について何も判明していないのです。

ガラス工芸の再来・新しい文化の誕生

過去の歴史の中で必ず一度はその隆盛を極めていたことが確認されている日本のガラス工芸の歴史ですが、突如としてその姿を消すことになった鎌倉時代と室町時代中期までに、一体何があったのかも気になりますが、一先ず次へと向かうことにしましょう。

このまま日本のガラス工芸という文化が廃れることになってしまうのか、というわけではなくここから新しくスタート、というよりかはリスタートを切ったといった方がいいかもしれません。それまでの歴史の中で埋もれていたガラス文化を呼び起こすきっかけになったのは、日本という閉鎖的な国にキリスト教という、後に異端の教えとして弾圧されることになる宣教師『フランシスコ・ザビエル』が渡日してきたことでまた新しく始まっていくのです。

この時は山口の領主であった『大内義隆』に対して、ガラスの器・鏡・眼鏡といったガラス細工の代表的とも言える品々を贈ってキリスト教を布教する許可を貰って活動を始めるきっかけを作ったのです。つまりは賄賂というわけですね、宣教師のくせしてモノで領主を釣ってキリスト教を布教させるというのも中々悪どい手の内を見せるなぁと、そんなことを思わせる行動に驚かされます。逆にそれだけ切羽詰っていたのかもしれないが、当時の彼の心情を知る術はないだろう。

その後はガラス細工に興味を持った各地方毎に輸入品の取引として、ガラス工芸品がその後の時代において頻繁に輸入されるようになると、後に日本でもガラス工芸が実際に行われるようになるなどの動きを見せるようになっていく。

かつては一度、輸入してきたガラス工芸にその魅力を虜に捕われ、盛んにガラスそのものを作り出すことは出来なくても、成形などの部分で大きな発達を見せることになった日本だった。しかしその後の平安時代から室町時代中期までの史実において、文学書物には登場していることが確認されているが、その後の歴史地層において出土されないという完全にそれまで築かれていたはずの文化が突如として消滅したという摩訶不思議な出来事が起こっているのだ。この時何が起こったのかという事実については知る由もないが、一先ず日本でもガラス工芸の文化が軌道を取り戻したと考えればいいだろう。歴史においてハプニングが起きる事はよくあることだ、現在までにガラス工芸が確かな歴史を積み上げてきたことの方が大事なことだと見ておこう。

ガラスのちょっといい話